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王朝時代の辞書に見えるハヤのこと

たった今、『和名類聚抄』(平安時代編纂の辞書。以下、『和名抄』と表記する。)を拾い読みしていたら、面白いことに気付かされた。
 現代、鮠(はや)はウグイ等をはじめとする細長い形をしたコイ科の総称である。一方で『和名抄』の巻十九・魚鱗部の記述では鮠の発音を波江(はえ)とし、鮎に似て白色をしているとある。現在では『はえ』は主に西日本に於いてオイカワの俗称で知られる。オイカワは夏期には婚姻色を呈し、鮮やかな外見となるが、それ以外の時期は白みがかった銀色をしており、『和名抄』の記述と合致する。
 要は、今のオイカワの地方名『はえ』は平安時代以前にルーツを求められ、更に、突っ込んだことを言えば、鮠は本来、オイカワのことを指していたと考えられるのではないだろうか。

ホントかな・・・?
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澁澤龍彦

既に可なりの日にちが空いてしまったが、8月5日は澁澤龍彦の命日だった。1987年8月5日に咽頭ガンで他界された。一ファンの、あるいは敬愛している者の一人として、本当ならばこの記事は龍彦忌に書くべきだったのかも知れない。が、筆無精故、気付けば残酷にも一ヶ月以上が経過してしまっている。いつもこうなのである。
 ところで、この書込みに目を通した諸兄は澁澤龍彦をご存じだろうか。澁澤はマルキ・ド・サド、ジャン・コクトー、そしてボードレールといった、一種、退廃や異端とも評価された文学を積極的に研究し、その美を紹介したフランス文学者であり、古今東西の魔術、奇譚、博物誌、そしてエロティシズムを網羅した耽美的、且つ怪しげなエッセイ、幻想小説を執筆した。その知識量や知識の幅は限りが無く、博覧強記と評価しても差し支えないだろう。同じく、博覧強記として名高い明治期の博物学者南方熊楠の知識の傾向を仏教的な宇宙が描かれる曼荼羅に例えることがあるが、澁澤の場合も宇宙と評される。
 冒頭でも述べたが僕は澁澤を敬愛している。僕と澁澤龍彦との出会いはもうすぐ五年になる。高校生の時、国語担当(当時、古典だったか?)の恩師から『宗近君は澁澤龍彦なんか似合うんじゃないかしら?』の言葉と共に澁澤の『東西不思議物語』を一冊手渡してくださった。この時、何故、先生はそんな怪しげな作者が僕に似合うと思われたのか大いに疑問に感じたことを記憶している。これに関しては、今尚、腑に落ちない点でもある(笑)。謎は深まるばかりだ。ただ、図らずとも先生の仰る通りの結果になってしまっていることは確かだ。以来、翻訳『悪徳の榮』や評伝『サド侯爵の生涯』、エッセー『黒魔術の手帖』など暇を見て十数冊程、目を通してきた。中でも、最も澁澤の才能を感じさせられるのは幻想小説である。彼の書く幻想は極めて写実的であり、どこまでが空想なのかすら判別しづらい。河出書房の『うつろ舟』収録の「魚鱗記」などがその典型だろう。この話には薬品を使って「トロボッチ」という魚の色を変えたり、飛び跳ねさせて遊ぶ娯楽「ヘシスペル」が色鮮やかに描写されている。しかし、それらの詳細を幾ら調べても存在すら確認も出来なかった。いや、思うに、寧ろ分からないままの方が良いのかも知れない。解ったところでこの物語の面白さは半減してしまうことは明らかだろう。

サロメ

「お前の口に口づけしたよ」 
サロメ
 お久しぶりです。気が付けば既に2015年ですね。1年半ぶりに筆を執ります。
 昨夜、オスカー・ワイルド作の戯作『サロメ』(岩波文庫)を読了した。今回の岩波版には1891年に出版されたものと同じくビアズレーの挿絵が引用されており、作品をより一相おどろおどしく彩る。
 存じている者も居ると思うが『サロメ』は新約聖書にあるヨハネの刑死の記述を題材としており、サロメとはヒロインである古代イスラエルの王女の名前だ。サロメは純粋且つ、高慢で美しい女性である。彼女は母とその再婚相手である王により閉じ込められた予言者ヨカナーン(聖ヨハネ)の姿を見たことにより、一種の恋愛感情に似た感覚を持ち、彼に口づけを迫る。ここで一種のと注意書きをしたのには訳がある。彼は醜悪でおぞましい見目をしているのである。純粋な恋と言うより、所有欲に近い感情に読み取れる。しかし、ヨハネは彼女とその母を罵るだけで一向、話が噛み合わない。堪りかねた彼女は予言者の首を刎ね、彼との口づけを遂げるのであった。直後、恐れおののく王の命によりサロメは殺害され、舞台の幕が下りるのである。
 ところで、この話を読んで感じることであるが、構成が漱石の『虞美人草』に酷似している。サロメは『虞美人草』のヒロイン藤尾に対応してくる。藤尾は美しく清楚で、洋書を読み下す様な教養ある女である。しかし、男を自らの思ったように動かすことで喜びを覚える。このことが彼女にとっては恋愛感情なのである。サロメが予言者の首を刎ね、自分のものにした事に通じてくる。物語はヒロインが突然死することにより唐突な終演を迎える。これも『サロメ』と共通する。この共通点は一体、なんだろうか。調べてみると日本に初めて『サロメ』を紹介したのは、なんと森鴎外で1907年8月のことである。虞美人草は朝日新聞で6月から10月一杯まで連載された作品で丁度、同時代である。また、漱石ならば原書や英訳を読むことも出来た為、それ以前から『サロメ』から影響を受けていた可能性も否定できない。或いは、ワイルドと漱石は恋愛感情の本質が相手を所有したいという感情であると図らずも感じて居たのかも知れない。

クリスマス

 そういえば、昨日ははクリスマスだった。
 日本語ではクリスマスイブの夜のことを聖夜というと聞く。holy nightの直訳なのだろう。聖は訓読みでヒジリと読み、高僧や人々から信仰を受けた遊行の僧のことを言う。また、彼らの中でも徳の高いとされている僧は殊に聖人(ショウニン)として今尚、信仰されている。
 この聖という漢字には本来儒教、仏教における徳の高い人物の意味があり、また、ヒジリという訓の語源は古神道における霊的な力を持つ人物のことを指すと言われている。現存する最古の資料で聖の文字が使われたものには日本書紀があり、その中で聖徳太子を聖と位置づけている。
 こう考えてみると如何にも日本的価値観の下でholy nightやクリスマスイブの訳や位置づけが生まれ、発展していったように思え、面白い。
 日本では古くより神道、仏教が盛んに信仰されており、信仰の自由が保障されている現在においても未だキリスト教は受け入れられていない。では、どうして日本人は欧米におけるキリスト教の行事であるクリスマスを受け入れ、発展させて来られたのだろうか。
 国文学者であり、歌人でもある折口信夫はクリスマスと日本の古代の信仰の共通性が関係していると指摘している。折口は伝承や祭祀の変遷から日本の信仰の本質にはマレビトという概念によって行われていると言うことを発見した人物である。折口の言うマレビトとは、漢字では客人や稀人と書き、字の如くマレに来訪する人という意味である。折口は日本のカミマツリにおいて、神とは非常在の存在であり、神が定期的に異界からムラや家々を来訪し、そこにある神の宿るべき依り代に宿り、人々はそれをもてなす。マレビトはそれに対し祝詞や神託を下し、祭りが終わるとまた何処かへと帰還していくという概念が日本の祭、祭祀の根幹にあるとした。
 折口はクリスマスイブの行事にも以上の概念が共通しているとしている。具体的に見てみると、きらびやかに飾られたクリスマスツリーにケーキやチキンのごちそう、サンタクロースと彼の届けに来るプレゼント。折口は家の中にあるクリスマスツリーを日本における神の宿る依り代と考え、家々を回るサンタクロースは日本におけるマレビトと同じ位置づけにあり、彼の届けるプレゼントは神々がもたらす神託と同じ性格を持っているとした。また、僕自身がこの論を補うとするならば、折口が論文『髯籠の話』の中で標山を上げ、神の誘引装置についてを説いていたが、恐らく、煙突こそがクリスマスにおけるサンタの誘引装置であり、標山と同じ役割を持っていると考えられる。つまり、折口は日本人の神を祭る本質とクリスマスの行事の性格が酷似、或いは日本人の祭りの価値観とマッチしていたため、日本においてキリスト教関係の行事でクリスマスのみが受け入れられた所以であるとした。

今宵が終わればツリーの煌めきも来年まで御預けだ。
最後のイルミネーションを眺めつつ、ドラマティックな古代世界に思いをはせよう。

邂逅

芥川龍之介
先日、訳あって夕暮れ時の本郷を歩いていた。アスファルトに蝉の声と学生の声が染みこんでいく。若しかしたら、その逆でアスファルトからそれらの音がしみ出しているのでは無いか…そんな錯覚を感じながら…。そんな時、ふと、引き寄せられるように一軒の古書店の入り口に歩み寄った。周囲には古くから東大生によって支えられてきた同じような店が所々に点在している。それらは戦後直後、或いは、それ以前からその場所で移りゆく運命に抵抗しているようで、どことなく愛らしく、言葉では言い表せない英雄的な美しさがあった。こんな店を見る度に彼らは僕にドン・キホーテを思い出させるのだった。中でも、その店は最も古く、また、最も薄汚れたものだった。店の軒下には蜜柑箱ほどの色あせた段ボウルが幾つかあり、多くの書物が収められ、新たな所有者が来るのを待っていた。彼らを眺めていると書物一つ一つから哀愁を感じないわけがない。僕は彼らの期待に応うるべく、彼らを吟味し、ある一冊に目がとまった。それは芥川龍之介全集だった。その中には僕が未だ読んだことの無い短編が多く収録されており、それを購入することにした。店内は薄暗く、客は無く、店番の老婆が座しているだけであった。数分後、僕は藁半紙で包装してもらったそれを手に帰路についた。自宅に着くと包装を破り捨て、中身を確認した。その本は一般的な形式通り縦書きで活字が並んでいたが、驚くべきことに、一部横書きの箇所で現在とは表記が左右逆であることに気が付いた。出版年を確認すると昭和八年であり、芥川の没後6年に出版されたことが解った。芥川の在学していた東京帝大前の古書店で彼の没後間もない頃に出版された著書を手に入れることができたことに僕はある種、運命というものを感じずにはいられなかった。
プロフィール

宗近

Author:宗近
天平の風にようこそ!!
管理人の宗近と申します。大学生で大学では歴史を学んでいます。
好きな時代は古代で、特にに飛鳥、奈良、平安が好きです。
また、歴史の他にも、趣味の航空機模型の制作、魚釣り、文学等についても書き込んでいくつもりです。
ちなみに、ブログ名は奈良時代の聖武天皇の時の年号に由来しています。また、僕のHNの宗近とは、夏目漱石の『虞美人草』から来ています。
皆さまに古代の素晴らしさを提供できるよう頑張りたいと思います。
追伸
・このブログのリンクはフリーです。
・このブログの著作権は多分、僕にあると思うので無闇にコピペとかしないでください。
・このブログに書いてある歴史関係の記事は基本的に僕自身が書いているため非常に読みづらい箇所やミスが少なからずある可能性があります。生暖かくお見守りください(笑)

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